新作を書く意味

自信を失っている時ほど、新作なんて書いたってしょうがないやん。どうせ同じようなことしか言えんやんと思ってしまう。壁にぶつかる度に「どうせ小説家になんてなれないよ……」
一行も書かずに時が流れ、ウイスキーに溺れ、漫然とyoutubeを見続ける日々を繰り返す。

いい加減、書かないとまずいやろ。心の声に背中を押されて無理矢理パソコンの前に座ると、言葉が……。出てきません。そんな都合のいい話にはならない。出てこないときは一カ月待っても出てこない。もうやめようかと思う。カレンダーの日付の中に自分の年齢と同じ日を見つけ、一日前は一年前、と遡ってあの頃は28歳になったらもっとブレイクしてると確信してたのに……。とのたまう。

こんなネガティブな思考を続けることに疲れた時に、ようやく谷を越えられる。いつもの風景が違って見える。外に出るだけで「え、こんな道やったけ? 木の幹ってこんなに力強かったっけ? 雲と空ってこんなに別々のスピードで動いてたっけ」という普通のことに感動する。

これが一番の薬になる。見え方が変わる瞬間が来る。その時に、また書こうと思える。

僕は、まぁまぁネガティブだが、一カ月も家に引きこもったことはないし、一日一回は太陽の光を浴びないと生理的になんとなく気分が悪くなってくる。暗くてジメジメした場所も嫌いではないが、そういう場所にずっといると自分の意識こそが「神」みたいになってしまう状況が嫌いだ。大して好きでもない自分の意識に自分を支配されることに疲れる。なので、外に出て自分の力を超えた自然とタッチしたい。

ここまで来ればお分かりかもしれないが、新作を書くこと自体に意味はないと思う。

感動したから、それを何かに昇華したいという衝動が新作を生んでいるのだと僕は思う。
世間のためにや、自分のためにではない。勝手に、自然に、取りつかれたように生まれるのが一番いいと思っている。

過去の偉大な文豪を超えられるか、それを意識するのも大切だけど、それだけで書き手の感動が込められた良い小説は書けない。新作そのものに意味はないが、感動を伝えたい思いが新作を生む。
と僕は信じている。

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