アウトプットが苦手な人のために

私は絵を描いてます。歌を歌ってます。○○企業の部長です。

そういった型がないとSNSのプロフィールも書けない……。中身が薄い自分はつまらない人間だと思っている人はいるのではないだろうか。

きっと、そんなことはないはずだと思う。

なぜなら、すべての人の職業や肩書きはかみ砕いて端的に言い表したものに過ぎないから。人間というカオスの鍋に小さいザルを突っ込み、たまたま取れたラッキーな固形物が職業や肩書きだと思う。

これと言った趣味や肩書もなく、何かを強い信念で継続する気力もなく、思っては流れ去っていく日々を過ごしている人の、その思いはとても貴重だと思う。(ラッキーな固形物がザルにひっかからなかっただけやで)

でも、そんな思いをSNSのプロフィールに書くと、見た人は瞬時に「やばいやつ」だと思ってしまう。僕だってよくやってしまう。その人のダイレクトで無修正な叫びみたいものを閲覧するのには抵抗がある。

SNSは端的に分かりやすくアウトプットすることが得意なタイプの人が影響力を持つ場。つまり、同じようなタイプが集まる構造にあると思う。

僕がこの記事で言いたいのは、SNSの弱点の指摘ではなく、

「アウトプットが苦手な人のために、悶々とした日々や人格を柔らかく包むような小説が書きたい」

ということです。

どれだけ深く感じたかを説明するのに、実は技術はそれほど重要ではない。むしろ「思った」という大元にあるエネルギーの方が大切で、さも本当に思ったかのように書かれた褒め言葉ほど、書き手をむなしい思いにさせるものはない。だから知っていて欲しい。言葉に技術はそれほど重要ではないということ。

「思った」という第一歩の純粋さを失わず、それを型とか技術という鎖に阻まれず、ダイレクトに言えればそれでゴールだと思う。

だから、僕の小説は「この人物のこの発言がこのあとのシーンの……」みたいな感想より「なんか、うーん、すごいいいなと思ったよ」みたいなアブストラクトな感想の方が嬉しいし、そういう感想でも非常に立派であるということを強調しておきたい。