書き続けなければならない

海外の傑作と呼ばれている文学作品を読んでいると、僕がそのような作品に匹敵するようものが書ける日が来るとは思えない。

すでに過去の名だたる文豪たちによって、言葉の力は研究され尽くし、今から画期的な文学なんて生まれないのではないか? そんなことを新しい小説を書きながら思う自分は小説家にむいてないんじゃないか? (書くという作業は毎秒そんな類のバイアスにかけられながら行う作業で、時々へとへとになったり、自信を無くしてしまったりする。)

そもそも僕の新作なんて需要もないのに、書く意味があるのか?どうせ傑作は超えられないでしょう?潜在的に自分でも気づいているでしょう? と、いつの間にかそんなサイクルに陥ってしまう。

――それでも、書き続けなければならない理由がある!

名だたる文豪の傑作を超えられるのか、より優れているのか、そういった観点はもちろん大切だと思う。しかし、文学でやるべき仕事はその結果だけを見るものではないと僕は思う。この時代に、文学に全力で勤しんだものの成果はこうだったという「もの」を作る必要があると思う。

全く同じ一日が存在しないように、同じ時代というのは絶対に来ない。言い換えれば、今この瞬間にしか書けないもので世界は溢れているということだと思う。

あたり前だけれども、文豪の作品を読んでも、ひるんでも、自信喪失をしても、絶対に今日も書くという行為をストップしてはならない。

続けよう。