今、仕事を辞めたいと思っている方にむけて

仕事を辞めたいと思っている方たちにとって”良い”きっかけになればと思って書きました。

僕は22歳で大阪の大学を卒業し、東京で3年ほど工事現場の監督補佐の仕事をやっていた。
その間、ずっと小説を書きたいと思っていた。大学生の時から小説家になりたいと思っていたけど、何の実績もないし卒業していきなりフリーターになる勇気もなかったので、たまたまネットで見つけた監督補佐を派遣する会社に就職した。肉体を酷使する過酷な建設業界で働けば、小説という限りなく成功する可能性の低い職業に対する憧れが、いい意味でなくなるかもしれない。そんな期待を自分に抱きつつ、あえて興味のなかった業界に就職した。

東京での新しい日々は、浅草や新横浜といったさまざまな工事現場に行くことができてとても刺激的だった。現場が変わる度に監督や作業員との出会いがあり、毎日同じオフィスで働くよりもずっと新鮮で、飽きっぽい性格の自分に合っていると思った。

とはいえ、仕事の内容は非常にキツかった。一番初めの樹木剪定の現場では監督補佐として来たはずなのに、上から落ちて来る枝葉をオレンジ色の塵取りで集めて巨大なゴミ袋に運び続ける日々だった。要するに雑用。ちょうど5年前の今くらいの時期で、湿気もすごくて、ポカリスウェットを毎日2~3リットルは飲んでいたと思う。(親にそのまま言うのが恥ずかしいので、それなりにやってる感を電話で出すのは結構みじめだった)

それから1年くらいして、ようやく現場の管理らしいことをできるようになったが、家から現場までは電車で1時間半近くかかり、7月でもエアコンに当たれるのは電車の中だけだった。
工事現場は土曜もやっているところが多く、休みは週に1回。つまり、月に4回しか休みがないこともあった。そんな調子で1年も働くと、まとまった小説を書く時間がないストレスが溜まり「こんなにキツいことせんでも他の仕事すればええやん」と何回思ったか分からない。

やがて僕の気持ちは「キツい」から「もう嫌や」に変化した。

人間関係や会社に対する不満やストレスはなかったものの、単純に小説が書けない日々を重ねていくことが、時間と若さという財産をどぶに捨てているような感覚だった。「じゃあ、辞めて小説書けばいいじゃん」と思うかもしれないが、23~25歳の素人が小説家になりたいといって仕事を辞めるのは結構な勇気がいる。
最近は若くして成功している小説家も多いし、彼らの昔のエピソードを聞くと、僕の話よりもずっとアップダウンが激しく、正社員を辞めることなんて、やりたいことがあればたやすいと思うかもしれないが、いざ辞めるかどうか迫られると結構迷う。

結局、僕はどうしても小説を書きたかったので、正社員を辞めてフリーターとなり小説中心の生活にした。それからはずっと貧しいし、小説の実績もないけれど、やりたいことと毎日が直結していて充実している。フリーターになったら再就職するのは困難であることなど、リスクはあるけれど、小説を書きたい気持ちが圧倒的に強かったので、行けるところまで行けば、良くも悪くも道が見えるだろうと思って、フリーターになった。

ここからが本題なのだけど、

肝心なのは今の仕事を「辞めたいけど、本当に辞めるべきか」という問いにどういう”視点”で向き合うかだと思う。
冷静に現実と向き合って辞めたい理由を挙げていくことは、社会を経験した人なら容易にできると思う。
辞めたい理由が思いつきにすぎないのでないか?

といった問いをクリアするのは難しくない。たとえば、

・給料、勤務時間に対して不満がある。
・硬直した人間関係やキャリアアップの展望のなさにうんざりしている。

こういった理由で辞めたいのなら、次はそうならない会社に就職すればいい。それだけのことだと思うが、実際そんな単純ではない。

上の問題をクリアするよりも、それが自分のやりたいことであるかどうかがはっきりしない限り、同じことの繰り返しになると思う。

もし今、そんなに大してやりたくもない仕事を頑張ってやっていて、明らかに給与や勤務時間に不満があって、辞めたくてしょうがなくて、辞めて、転職して条件がいい会社に就職できたとしても、その職業そのものが大してやりたいことでなかった場合、また新しい辞めたい要素が浮き上がってくる。

とわいえ、自分が本当にしたいことは何なのか、嫌な仕事をしながら考えるのは非常にしんどい。10代で迷う時よりもずっとリスキーなことが増えるし、転職した先で失敗すると、もう一回転職するのは無理なんじゃないかと先々のことまで考えてしまうと思う。

このような状況になっている人に対して、僕が提案できるのは、
ひたすら自分と向き合ってやりたいことを見つける。ではなくて、

自分の人生そのものに“プライド”を持つという視点だ。


ここでいうプライドは、職場では平静を装い、夜中のリビングで戦争映画を見ながらウイスキーを飲む人のことではない。

何がなんでも、自分で納得した人生を送りたいというプライド。それはもう意地みたいなものだと思う。仕事に対してではなく、自分という存在に対してのプライドでも全然いいと思う。やりたいことがなくても、自分にプライドを持った生き方がしたい。ということ自体が目的なら職業はもはや何だってよくなるのではないだろうか。

もちろん、家族や子供がいたら「身勝手なプライドのために周囲を巻き込むのは悪い」と思うかもしれない。が、それはいきなり仕事を変えようとした場合の発想だし、家族や子供……。という周囲の状況から現状を受け入れる言い訳のようにも聞こえる。子供がいる親の気持ちは僕には正直分からないし乱暴な意見かもしれないけれど、子供が生まれる前にこの仕事で生きていくのだと、腹をくくるタイミングだってあったはずだ。それでも後からやりたいこと、方向転換したい行先が見つかったのなら、どんな迷惑をかけてでも、行動しなければ後悔してしまう。

僕は会社を辞めてからずっとフリーターで、時々猛烈に不安になるし、小説が嫌いになることだってある。僕はそんな時、小説そのものよりも自分自身にプライドを持つようにしています。

好きなことなんて、見つからなくてもいいから、プライドだけでいいから。生きる。