標準語・腱鞘炎・ほころび

10.17
前の記事でも書いたように監督デビューした友人Nの映画を新宿の映画館で観た。僕より早く上京した同郷の彼と久しぶりに話すと、若干標準語ライズされていて、関西弁のままの僕は心ひそかに「勝った……」と思った。
関西人(特に僕)は標準語に染まることを「負け」と勝手に思っているのである。なので、標準語の集団に放り込まれると、染まるのを警戒して必要以上に関西人らしく振る舞ったりしてしまう。この日はそんな日頃の成果が出たという訳だ。


10.18
腱鞘炎が痛くてぐったりしていた。しかも、昼間に10数年前に北九州で起きた残虐な事件の存在を知り、夜までその余韻が残ってしまった。凶悪な犯罪者は異常者として棚に上げず、同じ日本という国の中から生まれた人間であることを踏まえ、何故このような事件が起きたのか考えなければいけないと思った。

10.19
歌舞伎町に用事があったので電車に揺られて新宿駅で降りた。人が多くてジメジメしていた。どいつもこいつも歌舞伎町一番街の赤い竜みたいな変な入口の前で写真を撮っていた。
また、その入り口の向かいにある巨大家電屋の巨大モニターではアイドルのライブ映像が上映されていて、なんだか物悲しい気持ちになった。ボーカルの「ありがとう~」が、枯井戸に向かって叫んでいるような感じがしてしまった。僕の気持ちの問題かもしれないが、こういうことはよく起きる。

僕がアイドルに言えることがあるとすれば「自分を大切にしてね」この一点である。アイドルは目立ちたい、認められたいで始まった風呂敷が広がり、求められる側になって、いつの間にかやりたいことが1ミリも出来なくなっていく世界であるような気がする。それは大人だと思うし、プロだと思う。

しかし、それだけで生きている人には必ず”ほころび”が出てしまう。僕は心から楽しむことのできる人がステージに立って欲しいと思う。本当のスターの定義が何かは知らないが、僕はそういう人が好きだ。
そして、仕事とは我慢してやるもの、何かを極端に捨てるものである。という認識が少しずつ変わっていけばいいと思う。これは楽をしたいからではなく、過剰に我慢して心を病んだり、体を壊したりしてしまう人が少しでも減ればいいと思うのを動機としている。話が長くなりました。

近所のラーメン屋のテレビではプロ野球の日本シリーズがやっていた。巨人対やわらか銀行の試合だった。巨人が銀行に負けてくれるのは嬉しいが、巨人が負けることでやわらか銀行が三年連続日本一になるのは嬉しくない。


10.20

11月の文学フリマに出品する小説の値段を決定した。原稿も完成したので、あとは表紙を作成して入稿すれば本の準備はOKとなる。昼前は外に出てホームページに載せる自分の顔を撮影してもらった。

コメント